狂言師 小笠原匡

萬狂言とは

萬狂言(よろずきょうげん)とは…

加賀前田藩お抱えの300年の歴史と伝統を持つ狂言の名家 野村万蔵家を母体とし、 未来への継承と発展のために、2000年1月、八代目当主5世野村万之丞(故人)が万蔵家特有の様式を表す<萬狂言>と命名し活動。
2005年1月当主となった九世野村万蔵を筆頭に、その父である萬(人間国宝、芸術院会員)ほか一門により、 北陸、関西、九州に拠点をおいて全国で活動している。日本国内での公演はもとより毎年海外でも公演やワークショップを行ない、 その伝承と普及・発展に努める。

<年間公演数>
萬狂言本公演4回(東京)、定例公演10回(大阪・福岡・金沢等)、
学校公演30〜40回(全国各地)その他依頼公演を全国各地にて開催。

【 狂言とは… 】

そもそも、狂言とは 600年前に誕生した庶民喜劇で、特に能とは関係が深く、”能・狂言”を併せて「能楽」と言います。
能が古典的題材(貴族社会)を取り上げ幽玄美の歌舞・悲劇であるのに対して、 狂言は庶民の日常的な出来事を、笑いを通して表現する、科白(せりふ)・喜劇です。

古典演劇ゆえに、そこにはいろいろな約束事がありますが、 もともとは予備知識など何もない観客を相手に出来上がった演劇です。 面白くなければだれも見てくれない、というところで狂言は演じていたのですから、 その約束事など知らなくても楽しめるように出来ています。

まず、舞台を見て何かを感じて頂くのが、狂言を楽しむ一番手近かな方法です。
600年という長い歴史の中で洗練された笑いのエッセンスは古さを感じさせず、
今もなお新鮮で楽しめる「笑いの芸術」です。

内容は、
 ◆「笑う門には福来る」という、おめでたい“祝言の笑い”
 ◆人間誰しもが持っている弱点をユーモラスに指摘する“風刺の笑い”
 ◆単なる滑稽性だけでなく、笑みの中に楽しみを含んだ“和楽の笑い”
という、三つに分類されます。

登場人物は2〜5人と少なく、家来が一人しかいない大名、主人よりしっかりしていても主人に頭のあがらない召使い、 なんでもしったかぶりをする僧や山伏、夫を尻にしいたわわしい女、盗人、詐欺師などと、それぞれが面白い一面を持っています。
このような欠点を持った人間が集まっているのが世の中であり、私たち人間の持っている弱みや滑稽さをとてもよく表現しているので、 それだけで親しみを持っていただけるでしょう。

狂言の演技の特徴は、無駄をはぶいた、明るく強いところにあります。
普通の芝居のように大がかりな舞台装置もなければ、幕も使いませんので、どんな舞台でも手軽に演じられます。 小道具もほとんど必要とせず、一本の扇が弓になったり、開けば盃になったりもします。 科白(せりふ)は現代語の母胎である中世口語を基調とし、 扮装も当時の姿を忠実に写しているので、「動く室町庶民風俗絵巻」の感があり、 現代の誰からも親しまれる条件を備えています。

【 狂言の歴史 】
狂言の歴史
【 狂言の流儀 】

和泉流

野村万蔵家(東京)、野村又三郎家(名古屋)、
狂言共同社(名古屋)など

大蔵流

茂山千五郎家(京都)、茂山忠三郎家(京都)、
大蔵弥右衛門家(東京)、山本東次郎家(東京)など

【 用語説明 】

シテ

主役

アド

相手役

立衆

その他大勢の人々

子方(こかた)

子役

後見(こうけん)

道具を持ってきたり、衣装を直すなど、舞台進行を手伝う紋付き袴姿の人

小舞(こまい)

狂言の中で舞われる舞を、狂言とは関係なく舞うときに「小舞」と呼ぶ

頼うだお方
(たのおだおかた)

主人

主(しゅう)

太郎冠者や次郎冠者が使える主人、雇い主

太郎冠者

一番偉い使用人、ユーモアがあり親しみやすい人物

次郎冠者

太郎冠者の次に偉い使用人

大名

大名、えらい人(江戸時代のようなきっちりとした身分ではない)

山伏(やまぶし)

山野に起き伏しして仏道修行に励む僧

女供(おんなども)

自分の妻

おごう

面(おもて)

狂言では、能ほどに面は使用しませんが、神・鬼・精霊・老人・動物などがあり、喜怒哀楽の表情が豊かで庶民的、どことなくユーモアがある

装束(しょうぞく)

舞台で身に着ける衣装のこと、能とは違い簡素なものが多い

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